以前の記事では、ウイルスに関する基礎知識をまとめました。ウイルスたちは、常に私達の体内へ侵入を試みてきます。(この記事を読んでいる間にも)
人類史はウイルスという正体不明の存在と、戦い続けてきています。常に侵略を目論んでいる隣人上手にあしらう方法を知るために、今回はざっくりとウイルスと人の歴史を振り返ります。
ウイルスと人間
ウイルスと聞くと、病気の原因としてネガティブな印象を受けがちですが、実は別の一面もあります。意外かもしれませんが、人類史自体がウイルスと戦ってきたと同時に、共に歩んできたと言っても過言では無いのです。
事実として、人間の遺伝情報(DNA)の中には ウイルス由来のものが多数存在 しています。人の遺伝子の約8%は、レトロウイルスと呼ばれるタイプのウイルスの遺伝子から構成されているそうです。
詳しく知りたいという方には、分子生物学者である中屋敷均さんの『ウイルスは生きている』 という本をおすすめします。
- 作者:中屋敷均
- 発売日: 2016/03/25
- メディア: Kindle版
ウイルスの遺伝子は、人を形作る遺伝子にも活用される反面、病気を引き起こすネガティブな存在であることも事実なのです。
ウイルスの認識
ウイルスは病気を引き起こす存在であると、現代では一般常識として認識されています。認識はされていますが、ニュースで見るウイルスの画像のように、実際に私達が目で見ることは不可能です。
ですが、技術の進歩によって、特定のウイルスが存在するかしないかを判断する多くの検査手法が確立されています。例えば、インフルエンザの疑いがあると、鼻の奥の粘液を長い綿棒で採ります。この粘液の中に、インフルエンザウイルスに対する 免疫反応 が起きているかを見つけることで、感染しているかを判断します。間接的に判断しているわけです。
歴史上、ウイルスが認識された最も古い記録はロシアにあります。1982年、タバコ葉を枯らしてしまう原因となるタバコモザイクウイルスを結晶化することで、認識に成功したのです。
存在は分かったものの、ウイルスの姿が認識され始めたのは1920年代、スヴェドベリによってウイルスが特定の大きさをもった均一な粒子であることが明らかにされました。1932年にはドイツで透過型電子顕微鏡を使って、ウイルスの形が明らかにされるようになりました。それ以降、検出機械の発達によってウイルスの構造や種類の解析が進んでいきます。
ウイルスと病気
現代では感染症の原因の1つとして、ウイルスが関わっていることが分かっています。しかし、昔は正体のわからない怖いもの、で畏怖の対象です。日本ではその昔、呪いやたたりと言われて恐れられていました。
ウイルスが原因の症状は伝承や遺物として、古くは紀元前の遺跡など世界各地に残されています。エジプトのミイラから発見された天然痘ウイルスの痕跡、ギリシャでの狂犬病ウイルスに関する記録などが残されているのです。
もちろん日本においても、天然痘、コレラなどのウイルスによる感染症は流行していました。1897(明治30)年の「伝染病予防法」を皮切りに、ウイルスを含めた感染症への対応がなされました。今でこそ、予防接種などが当たり前とされる時代ですが、正体が分かるまでは、可視化できない恐ろしい存在だったのです。
人類とウイルスと病気の関わりは非常に長いのですが、ウイルスが 病気の原因 として正確に識別され始めたのは本当に最近なのです。
細菌とウイルスの違い
細菌は生物、ウイルスは無生物に分類できます。以前紹介したように、この違いは細胞分裂ができるかの有無です。
病気の原因が細菌とウイルス、どちらに起因しているか判明すれば「抗生物質」の使用判断をするできます。抗生物質という名前の通り、生物である細菌が相手であれば絶大な効果を発揮します。 ※逆にウイルスに対しては効果がまったく無い!
綾瀬はるか主演の「-JIN-仁」というドラマで有名になった、あのペニシリンが抗生物質です。梅毒に対する特効薬として、ペニシリンを作ることになります。梅毒は梅毒トレポネーマという細菌原因のため、抗生物質が効きます。※全ての菌には効くわけではありません。
ウイルスは生物ではないため、抗生物質そのものが効きません。その代わり、アルコールや塩素等で構造を壊すことで不活化させることができます。※全てのウイルスに効くわけではありません。
細菌とウイルスは共に、感染症の原因となります。しかし、その増殖メカニズム、また増える場所が異なるなどの違いもあるのです。
知った上での行動選択
ウイルスは悪い面がフォーカスされますが、実際は人類と共に歩み、共存し戦ってきた歴史があることがわかりました。
生物のように自ら増えないウイルスには、人類の叡智と言われる「抗生物質」は効きません。どう立ち向かうべきなのか、今後の記事では迎え撃つ、予防の角度から考えていきたいと思います。